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憑かれた宮司とエトセトラ1

プロローグ

「ここは…?」

「やっと気づいてくれたね。ここはいつも私が居る場所。君がいずれ訪れる場所。」

「何を言っているのですか?あなたは誰ですか?」

「私は神様さ。」

「神様?それは何かとても偉い立場の人って意味ですか?」

「違う、違う。文字通り神様さ。」

「あー、そっち系の方ですか。用事があるのでお暇します。さようなら。」

「まぁちょっと落ち着いて話を聞いてくれないか。」

「ムリムリ怖すぎです。さようなら。」

「仕方ない。いずれまた会える日が来るだろう。その時を楽しみに待つとしよう……」




いつもの朝

 スマホのアラームが鳴り響いている。今は二回目のアラームが鳴る時刻の七時だろう。朝日が僕を無理やり起こそうとしてくる。アパートの角部屋のこの部屋には、東側に小さい窓があって、そこから朝日がさしている。寝返りで抵抗を試みる。仕事に行かなければいけない現実を突きつけられるこの時間は嫌いだが、朝の暖かい布団に包まれているこの瞬間はとても幸せを感じる瞬間だ。
「はぁ〜。」
 試しに息を吐いてみた。案の定吐息は白くなり、視界で捉えることができた。しかしふと思い出す。何だか変な夢を見ていたようだ。周囲がカメラで白飛びしているみたいに明るくて、何も見えなかった。しかし自らを神様と名乗る美少年、というよりは美を超越したような何者かに話しかけられた気がする。夢というのは、すぐ忘れてしまうものだ。今見てた夢なのに、よく思い出せない。思い出せないものはしょうがない、さすがにそろそろ起きないと仕事に遅刻してしまうだろう。
「よっこいしょっと。」
 最近動き出すときに無意識に声を出してしまう。一人暮らしのこの静かな部屋に音が欲しかったのかもしれない。気を紛らわすようにテレビを点けた。
「…十月一日、今日の天気です。今日の千台市内は一日を通して快晴、しかし今年一番の寒さになることが予想されます。お出かけの際は、マフラーなど首を温めるものを見に付けたほうがいいでしょう。最低気温は、…」
 他の地方の天気予報も流れていく。今日は東北地方全体的に今年一番の寒さになるようだ。ここ千台市は、東北地方で一番栄えている都市と言っていいだろう。駅前は高層ビルが立ち並んでいるが、車で三十分も走れば田園地帯が広がる典型的な地方都市である。最近では市内の東西南北に十字型に地下鉄が整備されるなど奥ゆかしい発展を遂げている。

 私、佐倉宗一(さくら そういち)はここ千台市で生まれ育ち、地元の大学を卒業した後、これまた地元の千台市役所に勤めている。子どもの頃から何となく地元に残る予感がしていた。特に何かを成したいとか、一発当ててみたいと思ったこともない。なりたかった職業も無ければ、欲もそこまで強くない、と思っている。その証拠に二十二歳のいまでも彼女いない歴イコール年齢だ。この景気がどうなるかわからない不安定な情勢で、公務員として働けることに不満はない。不満はないのだけれど、いつもどこか何かが足りない、そんな気がしていた。
 お湯を沸かし始める。食パンをトースターにセットする。朝ごはんは大体パンとインスタントのカップスープを食べる。職場までは徒歩で十五分ぐらいの近場なので、朝はわりとゆったりとした時間が流れている。ニュースを眺めながらダラダラと過ごす、この時間がとても好きだ。朝はダラダラするために余裕をもって起きていると言っても過言ではない。
 そうこうしているうちに、時刻は七時五十分。そろそろ職場に向かう時間だ。まだこの時期は雪が積もることはないため、ギリギリ自転車でも通勤することができる。そのうち雪が降り出したら、自転車で通うことはできなくなる。冬の朝は寒いのに、冬になるほど早起きしないといけないという不条理さにしみじみする。

「はぁ〜。」
 また息を吐いてみる。息が真っ白になっては、すぐに消えていく。寒い空気に鼻がツンとする。自転車のロックを外し、のそのそと走り出した。


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憑かれた宮司とエトセトラ2

同期の康太

 時刻は八時十分、今となっては見慣れた市庁舎が見えてくる。築年数の古いこの建物は、今日も朝日を受けてその古さをまざまざと見せつけている。築年数が相当経っているようで、窓枠には耐震補強の筋交いが通っており、あまり見た目が良い建物とは言えないだろう。けれど私は、この庁舎が気に入っている。昔から何度か訪れていたため馴染みがあるということもあるが、地味にただそこにあるという存在自体にどこか自分を重ねてしまうためだ。
 構内に入る直前に自転車を降りた。数年前に朝急いで通勤してきた自転車に乗った職員が、構内で市民と接触事故を起こして以来、構内では自転車に乗ってはいけないという謎ルールが出来上がってしまった。過剰な対策だと思うが、ミスをしないことが善である公務員という立場ではしょうがないのかもしれない。

「おっはよう!」
 右肩に衝撃が走る。どこぞのバカが私の右肩を叩いてきたようだ。
「おはよう。今日もうざいぐらいに元気だな。」
「そういうお前は暗いんだよ!寒いんだからテンションは、上げていこうぜ。」
「無理にテンション上げても疲れるだけだよ。一日は長いんだから、ペース配分を考えるべきだと思う。」
「そんなこと考えてるから一日が長いんだよ、全く。どんな仕事だって必ず何かしらの意味がある。それに全力で取り組んでいれば、一日なんてあっという間に過ぎるぞ。」
「いや、俺は仕事はあくまでお金を得るための手段に過ぎないと思っている。最低限のハードルを設定して、それをギリギリ飛び越えて給料をもらいたいね。」
「宗一のそういう合理的な考え方は、嫌いじゃないんだけど何か癪に障るんだよな。いつかバチが当たるぞ。」
「バチが当たる?」
「ああ。何かこう大事な場面で大事なことを見逃しそうな気がするんだよな。まぁそうなりそうだったら俺がアドバイスしてあげようじゃないか。」
「何様だよ、康太」

 彼は土居康太(どい こうた)。同期の一人だ。私と同じ事務職で入庁している。年は私の三歳上だ。私が大学時代とある事情から一年休学していたため、康太は今年の新卒よりも四歳年上だ。
 公務員には、採用の時点でどのような職業に就くのか分野が多少決まっている。私と康太は事務職として採用されているので、最も様々な仕事を今後することになる。社会福祉系や庁内管理、商工関係など様々だ。はっきり言えば何でも屋といったところだろう。
 康太と初めて会ったのは、入庁前にあった採用予定者の懇親会のときだ。そのときレクリエーションの中で、それぞれが自己紹介する機会があった。そこでたまたま趣味が同じだったことがキッカケで仲良くなった。少し珍しい趣味だったので、まさか同好の士が職場にいるとは思わなかった。私の性格は陰気な方だが、彼の快活な歯に衣着せぬ物腰と、なぜか馬が合う。今となっては、同期の中で最も仲の良い友人と言っていいだろう。

「宗一は今日は定時で上がり?金曜日だし久々に同期で飲みにでもいこうぜ。」
「集まれば行くよ。取りまとめはよろしく。予定決まったら連絡して。」
「あいよ。任せてくださいまし。じゃあまたな!」

 康太が颯爽と去っていく。見てくれは悪くないのだけれど、今朝みたいに人にうざ絡みしてしまうところがある。そんなんだから彼女ができないんだよ、と自分のことは棚に上げて考えていた。頭の中で無駄な心配をしながら、自分のデスクへと向かった。


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憑かれた宮司とエトセトラ3

お隣の先輩、亜樹さん

 私、佐倉が現在所属しているのは、商工観光課というところだ。千台市内の企業の活性化や、大きなお祭りなど観光振興に関わる仕事を担当している。大きく分けると名前のとおり、商工関係を扱う係と観光を扱う係の二つに分かれている。私は観光を扱う観光振興係に在籍している。採用時に希望の職場を第三希望まで申告することができたのだが、そのどの課でもなく、観光系の仕事をやらされるはめになるとは思ってもみなかった。面接のときも、別にイケイケのキャラを作っていたわけでもない。おそらく穴埋めのように、たまたま席が空いていて余ったところに、とりあえず新人を突っ込んでおこうという適当な人事による結果だろう。

「亜樹さん、おはようございます。」
「おはようございます、佐倉さん。朝から疲れた顔をしていますね。」
「それは、私の様子を表しているんですか?それとも顔の造形のことですか?」
「両方です。」

 そう言ってクスッと笑うこの女性は、職場でお隣の席に座る先輩の鈴木亜樹(すずき あき)さん。職場での私の指導係をしてくれている。物腰が静かな人で、いつも余裕を持っているように感じる人だ。私が入庁する前、同じ課にもう一人の鈴木さんがいたらしく、みんな下の名前で呼んでいる。私も周りに合わせて、下の名前で呼ばせてもらっている。年齢は聞いたことはないが、おそらくまだ三十歳手前だろう。いつも仕事で助けてくれる頼りになる先輩だが、たまに毒を吐く所がある。
 しかし亜樹さんのファンは、実は多い。入庁してから何回か周りの人から、亜樹さんが指導係なんて羨ましいという言葉をかけられた。何でも毒を吐いた後の笑った顔にゾクゾクするのだとか。世の中いろいろな人がいるのだなと、実感させられる。確かに亜樹さんは美人だし、スタイルも良い。しかし私からすれば、頼りになる勇ましい先輩という感じで、亜樹さんとどうにかなりたいとは一切思っていない。これも私の圧倒的童貞力のせいなのだろうか。

「佐倉さん、今日のスケジュールは頭に入っていますか?」
「もちろんです。これから確認します。」
 キメ顔で言った私に、亜樹さんの視線が突き刺さる。
「一週間ぐらいのスケジュールは、確認せずとも頭にインプットしておいたほうが良いですよ。それに細かく覚えておく必要はないと思いますが、自分がこれから何をしなければいけないのか、数ヶ月単位で把握しておくことは大切なことです。」
 亜樹さんは淡々と諭すように言った。
「頭ではわかってるつもりなんですけどね。家に帰ったら仕事のこと、スッキリ忘れてしまうんですよ。」
「切り替えが上手く出来ているということは素晴らしいことだと思いますので、そのままで良いと思います。ただ庁舎に入って、自席に着く頃には仕事モードに頭を切り替えておいてくださいね。」
「わかりました。善処します。」
「ふざけてます?」
「ふざけてないです。あとそんな目で睨まないでください。興奮します。」
 亜樹さんはこういった軽い下ネタにも弱いことは、ここ数ヶ月で判明したことだ。
「そういう発言は良くないと思います。」
 そんなことを言いながらも、顔を赤らめている。ファンが多いのもうなずける可愛さだと思う。亜樹さんをからかいつつ、パソコンを立ち上げてスケジュールを確認する。
「それで佐倉さん、今日のスケジュールは思い出しましたか?」
「はい、十二月中旬から行う街路樹のイルミネーションに関する打ち合わせですよね。」
「そうですね。寒さの厳しい千台市の冬に、暖かさをもたらしてくれるイベントです。もちろん観光客の誘致という観点からも非常に重要なイベントです。気合い入れて臨んでくださいね。」
「わかりました。」

 亜樹さんは、この商工観光課に配属されて今年で四年目になるらしい。千台市役所では、基本的に事務職は三年から五年で次の所属に異動になる。もし亜樹さんが来年異動になったら、亜樹さんの仕事を私が継いでいく可能性が高い。だからこそ、私に厳しくもしっかりと仕事を教えてくれているのだと思う。
 多少なりとも信頼してくれているのかな、と思うと同時に大変そうな仕事に少し気が重くなる。間もなく始業のチャイムが鳴る。今日も程々に頑張ろう。


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憑かれた宮司とエトセトラ4

第一印象
 
 会議は十時から正午までを予定している。今の時刻は、九時三十分。急遽用意していた資料の一部差し替えが必要になり、慌ただしく動いている。どうしてここまで準備する時間は十分にあっただろうに、わざわざこんな直前になって焦っているのかと思うと嫌になる。

「亜樹さん、この修正必要だと思います?亜樹さんがあれだけ周到に準備したのに、こんな直前になって修正入れてくる上司ってどうなんですかね。」
 少し小声で話しかけた。商工観光課からこのコピー機までは少し離れているが、いつ話を聞かれているかはわからない。自然と声も小さくなる。
「まぁもう少し早く言ってくれたら、と思わないと言えば嘘になりますね。ただ過去にも直前の修正で、大きなミスを避けられたこともありました。うちの課長は、時計が他の人よりも遅いところが少し残念ですが、内容を読み取って理解して、正確な指示を出す能力は優れていると思います。」
「そうなんですかねぇ。私にはズボラで、何か抜けてる感じにしか見えないですけどね。」
 そう言うと、亜樹さんはふっと笑った。
「私も去年はそう思ってました。」
「課長は去年からうちの課に来たんでしたっけ。」
「そうです。正確なお歳は知りませんが、課長職の中では若い方だと思います。」
 小声で話す二人に後ろから声をかける人物がいた。
「おう、調子はどうだ?間に合いそうか?」
 話題の課長が話しかけてきた。亜樹さんが冷静に返す。
「はい、おそらく開始十五分前には全ての資料を用意できると思います。」
「悪かったな、修正が直前になっちまって。次からはもっと早く目を通すようにするから。」
「前回もそうおっしゃってましたよ。」
「ん、そうだっけか。まぁ気にすんな。今度こそは守るから。」
「はい、期待せずに期待しておきます。」
 亜樹さんは、ため息をついたけれど、そのため息は浅かったように感じた。
「佐倉の方はどうだ?準備はオッケーか?」
「資料の準備とか事前に準備できるものは、全部準備しました。けど、入庁以来最も規模的にも重要性的にも大きな会議ですので、かなり緊張していますね。」
「そうだろう、そうだろう。緊張ってのは悪いもんじゃない。緊張してるってことは、本気で備えてきたってことだ。失敗できないって思うのは、そいつがしっかりと準備をしてきたってことの証だからな。誇っていいぞ。」
「なるほど、もしかして今褒められてます?」
「おう、褒めてるぞ。もし今日の会議がうまくいったら、帰りに酒を奢ってやってもいい程度にはな。」
「ごめんなさい、今日は同期と飲む約束があるので、また今度お願いします。」
「何だよそれ。まぁ同期と仲良くすることは良いことだ。まだわからないかもしれないがな、年数が経つほどに同期の重要さがわかってくるぞ。今はわからんでもいいが、とりあえず定期的に飲んどけ。俺は一人寂しく家で晩酌するとしよう。」
「課長って奥さんも子どもさんもいらっしゃいましたよね?」
「いるけど子どもは東京の大学に行って一人暮らししてるし、奥さんは構ってくれないからな。そういうもんさ。それじゃ後は頼んだ!」
 課長はゆっくりと去っていった。もう少し焦っても良いのではないかと思う。
「課長、大丈夫ですかね。何か動きが緩慢というか、のんびりし過ぎじゃないですか?」
 亜樹さんに、再び小声で話しかけた。
「佐倉さん、準備ができていない人ほど焦るものです。きっと課長の頭の中では、もう準備が終わっているのだと思います。私達も早く資料を用意して、余裕を持って会議を迎えましょう。」
「わっかりました。働きます。」
 そう言うと、私と亜樹さんは集中力を増したのか無言で作業を再開した。

 なんとか資料を取り揃えて、開始十二分前に会議の会場に入ることができた。亜樹さんと手分けをして、既に大半の出席者が着席している机を周り資料を配布していく。商工会議所の関係者、イベントの実行委員会、地元商店街の代表者など様々な人々が参加していた。さっさと資料を配りきってしまいたい、この重々しい空気から逃れたい、そういう思いが私の焦りを生んでしまった。

「ガッ」
 何かに足を引っ掛けて派手に転んでしまった。残り三分の一程度になっていた資料が宙を舞った。
「痛ってぇ。」
足元を見る。どこにも引っかかりそうな場所なんてないのに、転んでしまった。急いで資料を拾おうとしたときだった。
「大丈夫ですか?」
 そう話しかけられた。
「すみません、大丈夫です。ありがとうございま…。」

 声の主を見上げたとき、突然世界がスローモーションになった。

 目が離せない。

 理屈ではない。

 とにかく目を逸らすことを許してくれない。

 ああ、私はダメかもしれない。

「どこか怪我をされましたか?大丈夫ですか?」

 声が遠くに聞こえる。

 遠くに聞こえるのに、耳元で囁かれるようにハッキリと聞き取れることができる。

 ようやく時間の流れが戻ってきた。

「あ、すいません。失礼しました。」
 その男性は微笑んで、何も言わず資料を拾うのを手伝ってくれた。
「すいません、ありがとうございました。」
「いえいえ、お気になさらず。」
 会議開始時刻が迫っているからだろうか、私の心臓は激しく脈打ち、静かな会議室で一人鼓動の騒音に苛まれていた。
 

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憑かれた宮司とエトセトラ5

熱い人達

 周りを見渡す。派手な音を立ててしまったようで、注目が集まっていた。
「はい、これで全てですね。どうぞ。」
 その男性がニッコリとした顔で、拾った資料をまとめて渡してくれた。
「すいません、本当にありがとうございます。失礼します。」
 体の方向を無理やり男性から逸らし、資料の配布を再開した。そうでもしないと、その男性の前を離れることがとてもできない、そんな予感がした。
「佐倉さん、大丈夫ですか?半分手伝います。」
 亜樹さんは、既に自分が持っていた資料を配布し終わっていたようだ。
「すいませんでした、やっぱり緊張しているみたいですね。」
「さっき課長も言っていましたが、緊張することは悪いことではありません。それよりもここからどうカバーしていくかが大事だと思いますよ。」
 その言葉で、大分感覚が正常に戻ってきた。あまりに衝撃だったのか、自分の手が少し痺れているような感覚になっていることに気づいた。一体何だったのだろう、不思議な、それでいて暖かいような感覚に一瞬にして包まれていたように思う。亜樹さんの言うとおりだ。失敗してしまったが、ここからのカバーが大切だ。
 体全体がまだ軽く痺れているような感覚が残っているものの、資料の配布を再開し、会議の開始時刻直前にはなってしまったものの無事準備を終えることが出来た。少し離れた位置に座っていた課長が、笑いをこらえているのが横目にチラッと移ったが無視しておこう。

「みなさま本日はお忙しい中、千台市の冬を彩るイルミネーションイベントの会議にお越しくださいまして、ありがとうございます。司会進行を務めます千台市役所商工観光課の鈴木と申します。」
 亜樹さんの涼やかな声と共に会議が始まった。まばらな拍手が聞こえてくる。こういうときの亜樹さんには見蕩れてしまうものがある。
「それでは始めに、商工観光課長の菊池よりご挨拶申し上げます。」
 一瞬、菊池と聞いて誰だそれと思ってしまった。普段から課長のことは課長と呼んでいるし、周りのみんなも課長と呼んでいたので、すっかり忘れていた。課長の名前は、菊池裕二(きくち ゆうじ)だったはず。
「商工観光課長をしております、菊池と申します。皆様、どうぞよろしくお願いいたします。本イベントは千台市の寒い冬に温もりをもたらしてくれる、地域のつながりという意味でも、観光客の誘致といった観点からもとても大事なイベントになります。本日ここにお集まりいただいた皆様のお力添えをいただきまして、イベント成功を目指していきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。昨年のイベントでは、……」
 課長が昨年のイベントの経済効果やアンケートの結果を一部を参照して、今年の目標などを話し始めた。このイルミネーションイベントは始まって既に十年が経過している。今年は節目の十年目、何か一ついつもとは違った大きなメインイベントを企画したいといった趣旨の説明がされた。
「……といった観光客のニーズがあることが、アンケートの結果からわかっています。本イベントはイルミネーションという性質上、街のメイン通りの青風通り全体に渡ってイルミネーションを施します。観光客の回遊性を高めるという点では、非常に有効であることがこの十年の成果として判明しています。しかしアンケートの一部には、様々なイベントがイルミネーションが実施されている範囲全体に点在していて、大勢の参加者が一同に介するようなイベントがあってもいいのではないかという意見が多くありました。十年目という節目ですので、新しい試み、すなわち何か本イベントのメインとなるキラーコンテツを企画できればと思っています。すいません、少し長くなってしまいました。詳しくは後ほど、議論させていただければと思います。本日はみなさま、千台市のため忌憚なく意見を出して頂き、ともにイベントをより良いものにしていきましょう。どうぞよろしくお願いいたします。」
 課長が挨拶を終えると、会場から大きな拍手が沸き起こった。課長の熱意が伝わったのだろう。私にも伝わった。普段はふにゃふにゃしてそうな上司ではあるが、そのふにゃふにゃの中心に一本真っ直ぐに芯が通っている人だなと改めて感じた。会議開始前、どこか別の方向を向いていたような参加者たちも、目に光が宿ったように見える。課長が自分の席に戻るときに、一瞬目が合った。軽くドヤ顔をされた。
(はいはい、わかりました。凄いですよ。)
 心の中でつぶやく。決して直接は言ってやるもんかと決意した。

「ありがとうございました。続きまして、本イベントの実行委員会、委員長の柏木様よりご挨拶いただきます。柏木様、どうぞよろしくお願いいたします。」
 呼ばれた柏木委員長が立ち上がる。おそらく40代後半ぐらいの男性で、外見は一言で言うならダンディーという言葉が最も似合うだろう。高級そうなスーツをビシッと着こなし、歩く姿にも大人の余裕が感じられる。
「ご紹介にあずかりました、実行委員会の委員長を務めさせていただいている柏木です。みなさま、どうぞよろしくお願いします。この会場の手配や会議のスケジュール調整をしてくださいました千台市役所商工観光課の皆様には改めてお礼申し上げます。実はこの挨拶のために原稿を用意してきたのですが、……」
 そう言うと柏木委員長は、原稿を胸ポケットから取り出した。
「課長の先程の熱い挨拶に胸を打たれてしまいまして、今思っていることを話したくなってしまいました。この原稿は来年に取っておきたいと思います。」
 会場から笑いが漏れる。会場の空気が一気に引き込まれるのを感じる。確か柏木委員長は千台市内では有数の実業家で、幅広く活動していると聞く。人を引きつけるカリスマ性を感じた。
「このイルミネーションイベントは、五年前に亡くなった私の実業家としての偉大な恩師であった進藤氏が始めたものです。進藤氏は人望の厚い人で、どこか他人行儀だったこの千台市内の街中を、みんなで盛り上げていかなければいけないという機運に変えた人です。恩師の企画したイベントの内容を変えるということには、少し躊躇いもあります。しかし進藤氏が今私の隣に居たとしたら、何をつまらないことを言ってんだアホ、やってみたいと自分が思ったんなら突っ走れ、と肩を叩かれながら言われる、そんな気がしているのです。千台市はもっと盛り上がっていくことができる、私はそう信じています。しかし、具体的にまだ何も決まっておらず、さらにイベント開始までの期間が一ヶ月半程度と、とても短い。しかしここにいる皆さんで協力すれば、達成することは可能だと確信しています。一緒に悩んで、苦労して、汗を流して頑張りましょう!」
 会場は、先程の課長の挨拶のときよりもさらに大きな拍手に包まれた。どうやら会議が始まる前に、大まかな方針が決まってしまったようだ。亜樹さんの方を見ると、目が合った。次の進行に入るタイミングを掴み損なったようだ。
「そ、それでは、会議に入っていきたいと思います。会議を始める前に今日お見えになっている方々を紹介させていただきます。それぞれの詳しいご紹介は、時間の都合上省かせていただきます。私がお名前をお呼びいたしますので、呼ばれた方はご起立の上、一言いただければと思います。」
 会議がようやく始まろうとしていた。


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プロフィール

伊助弓太

Author:伊助弓太
このブログを開いてくださいまして、ありがとうございます。伊助弓太(いすけ きゅうた)と申します。20代男です。コツコツと更新していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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